人気ブログランキング |

最近、読んだ本。
「窓辺のこと」(石田千著)。ひとりの時間は、こんなにも愉快で、賑やかだ。豊かなひとりの時間を持つ人は、話したいことがこんなにある。牧野伊三夫さんの柔らかくもどっしりした線がいい。

「大きな字で書くこと」(加藤典洋著)。「水たまりの大きさで」考えて「大きな字で書く」こと。


誰にでも 表と裏がある

何事にも 表と裏がある

それは木の葉のように翻るから

いつでも、「まだ知らない」から始められたらいい


「kotoba 戦争と共存」を読み始めたときに、当たり前のようにペンを握った。そういう読書は久しぶりだったのに、これがしたかったんだ!と思えてしまった。「考えるときには、鉛筆と紙が必要」。

付箋を貼ったり、ノートに書き写したりは、ごく普通のおこないなんだけど、直接本に書きこんでいってもいいのかもなぁ。もっと、もっと、書いて、書いて、落とし込みたい。そんな「読み」がしたい。

そういえば、昨日話したばかり、サリンジャーの話も出てきた。




タグ:
by geroken | 2020-01-17 14:48 | 日記 | Comments(0)

「新編 志樹逸馬詩集」(若松英輔 編)


日常から生まれる言葉が詩になるとき、その瞬間をつかまえられるか。ライブペインティングが好きなのは、その線が生まれ出る瞬間を目撃できるから。ライブもそう。演劇もそう。書道も、陶芸も、裁縫も、料理も、珈琲も、、。本も、そう。手のひらの紙面で起こっている、実は、すごいこと。全部一緒。一緒だよーーと思いながら、なかなかふるわない出店のとき、立っている。


水を欲するのと同じく、私たちは「言葉に乾く」という。

良き読者であるか。

言葉を欲するだけでなく、私は良き読者であるか。

詩が届いたときに、私は、あなたは、ペンを持てるか。

読んでいる最中、何度も、突きつけられた。


タグ:
by geroken | 2020-01-14 15:01 | 日記 | Comments(0)

柿の種

ブックマルシェで、寺田寅彦さんの「柿の種」買った。やわらかな手触りの古書をきゅっと抱えていると、すこし落ち着く。
家に当然に帰れることの不思議について書かれた章があり、渡辺京二さんも、似たようなことを書かれていたなと可笑しかった。戦前と戦後で、書かれた時代は全然違うのにな。

「いつも自分の家がちゃんと見つかると思うと間違うぞ。」(「顔」)

タグ:
by geroken | 2019-11-03 19:14 | 日記 | Comments(0)

アルテリ八号

アルテリ八号の伊藤比呂美さんの文章を読んでいると、坪井川緑地の風景が蘇ってきた。
家の割と近くにあったので、ときどき自転車で走った。歩き回った。春には桜を見に行った。看板がなければおよそパン屋さんとわからないようなパン屋さんの、あれもこれも美味しいパンたち。ニューヨークチーズケーキが絶品のカフェ。自動車学校に行きたくなくて行きたくなくて、行く前に寄ったカフェでじっと見つめてたミルクティー。懐かしいな。いい場所に住んでいたな。
私はいま、10年以上経って思い起こせるような風景を、目の中に宿しているだろうか。

タグ:
by geroken | 2019-10-31 17:44 | 日記 | Comments(0)

日常と不在を見つめて

「日常と不在を見つめて」が良い。1ページ目から(正確には6ページ目から)良い。
あおとさんに「めちゃくちゃいいです!」と言われたときには、まだ読んでいなかったし、たくさんの人がいる中だったし、咄嗟に「はあ」くらいのリアクションしかできず、残念な顔をされたけど、、。おいそれとは読めない、読むのに逡巡する、けれども良書であることはもう知っている、そんな本ってあるでしょう。私は、読むのが遅い。
考えるのも、その考えをまとめるのも遅い。「阿賀に生きる」を見たのは、まだ寒い時期だったと思う。そこから、これはなんということだ!と、誰から聞くわけでもなく、誰に語るわけでもなく、ふつふつと絶え間なく自分の中で考え続けてきた。その日からずっと、「阿賀に生きる」は、私の中にあった。
そうやって考えてきたことが、「日常と不在を見つめて」読んでいる間中、やはりそうかと膝を打つことも、そうだったのかと眼を見張ることも、交互にやってきて。半年間、ひとりで向き合って発酵させてきた、あの時間があってよかった。そんな時間が大事なんだ。

タグ:
by geroken | 2019-10-28 17:32 | 日記 | Comments(0)

最も鈍い者が

「人の暗がりに

最も鈍い者が

人を救いたいと

切望するのでは あるまいか」


「最も鈍い者が」吉野弘


そうならないために。ならないために。




タグ:
by geroken | 2019-10-16 23:36 | 日記 | Comments(0)

ゲド戦記

ゲド戦記をいよいよ読み始める(いよいよとうのは、前から気になっていて、ミチルさんも絶賛していたし、utacodripのノモトさんにも勧められてようやくだから)。プロフィールを見ると、筆者の父は文化人類学者な上、母は「イシ」を書いた人なのだそう・・!きっと好きになる物語であろう予感しかない。「イシ」は20歳くらいのときに読んで 、それ以来いつか手元に欲しいと思っていた。何年か前に、神保町の古本屋さんでようやく出会えたときは、嬉しかったな。思えば、「イシ」を読んでいた頃に、娘はゲド戦記の著者だと聞いていたと思う。「届くのってそういうものですよね。周回遅れで届きますよね」ってノモトさんに放ったばかりの言葉が、私に響く。



タグ:
by geroken | 2019-10-14 22:17 | 日記 | Comments(0)

台風の日に

台風の日に読み始めた小説の冒頭、
「台風が近づいていた。」
思わず、えっと顔を上げたり、不必要に表紙をパタパタしたりしてしまう。なに、誰か見てたの?と見回してしまう。
中脇初枝さんの「神の島の子どもたち」。
奄美諸島の歴史。鹿児島に生まれ育ちながら、何故、そこを飛ばして、沖縄についてばかり考えていたのか。島津の圧政に苦しんでいたのは知っていたけれど、それ以降のことはすっ飛ばされ、うやむやになっていた。
どうして、ヤマトゥか沖縄かの二択しか与えられなかったのか。奄美は奄美として存在できなかったのか。もっといい方法はなかったのか。
どうして、こういうとき、もっといい手と手の取り合い方が、、互いを尊重し、互いを認めることができないのか、、途方に暮れそうだ。





自然に対する
戦う
逆襲
怒りの言葉の投げつけに、
うまく言えないけど、いい気持ちがしない。
どちらも苦しんでる。
向かってくるものも、苦しんでる。そんな気がする。
もっとうまく祈れなかったか。
もっと風や土や雨や太陽や波の話を日頃から語れなかったか。
自問自答しながら、、ただ祈る。


タグ:
by geroken | 2019-10-12 22:26 | 日記 | Comments(0)

「塩を食う女たち」(藤本和子著)を読む。トニ・モリスンが、トニ・ケイド・バンバーラについて。
「こんな世の中に暮らして、なおも、屈服せず生きのびることのできることには、悦びがあるのだという感受性に基づいている。」


悦び。

タグ:
by geroken | 2019-09-10 13:48 | 日記 | Comments(0)

 ちょっと時間が空いた上、すこし遠出をしていたので、普段あまり来れないブックオフへ。本を選ぶのも、本を買うのも、最近楽しい。いいことだ。先月、神戸に行ったときも、古本屋巡りをしたいという気持ちになっていたし。旅行をしても、本屋さんに行く気が沸かなかったり、イベントに顔を出しても、本を眺めることができなかったり、悲しいかな、そういう時期もある。お店としての本の業務はもりもりできるのに。
 出したり、戻したり、行ったり来たりしながら、江國さんのエッセイと、宮下さんのエッセイを買った。宮下さんは「神様の遊ぶ庭」というエッセイがとても好きで。表紙の絵もタイトルも好き。お取り扱いしたのだけど、新潮社さんなのでままならない。心の中には常に置いてあるんだけどなぁ。小説はまだ、2、3冊しか読んだことなくて、今のところ、たった1冊のエッセイのほうが、私にとっては比重が大きい。(宮下さんは”小説の人”だと、なんにも知らないのに思っているので、失礼なことかもしれないし、勝手なことを言ってすみません。)「はじめからその話をすればよかった」。穂村さんの本のタイトルにもありそうだなって笑みがこぼれる。最初の方に、「面倒屋」であり、「趣味はぼんやりすること」だというくだりがあり、私も私も、と思うけど、”バリバリ書いている人”が言うからかっこいいんよねぇ、、(ご本人は、謙遜されるかもしれないし、そんな容易い表現で片付けられたくないと、反論もあるかもしれないけど、やっぱり”バリバリ書いている人”なのだ。)私の方が「真の」面倒屋でぼんやり持ちだと、妙な対抗心。
 休みの日だけど、本のお取り寄せの注文が入る。ありがたい。できないことが、たくさんあって。悔しい思いをしたり、悲しい気持ちになったり、そんなの数えきれない。ただただ、できることをひとつひとつ誠実に。受け止めてくれる人たちも、ちゃんといる。

タグ:
by geroken | 2019-09-07 19:27 | 日記 | Comments(0)