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陰翳礼讃

慌ただしく家を出る前に、どれにしよう、迷っている時間もないので、「陰翳礼讃」を鞄に滑り込ませた。久しぶりに読んだなぁ、谷崎さん、やっぱりいいなぁ。
「美しいものを見ましょう」
そんなのそんなのそんなのいらない・・・って、あのときは、見ず知らずの女の人を思わず呼び止めて、そんなことないですよ・・・って、言いたかった。でも今は、その気持ちがすこしわかる(全く同じ気持ちなんてことはないだろうけど)。美しい文章を、日にすこしだけでも、目に触れさせたい、身体を通過させたいと思う。

by geroken | 2019-07-01 19:57 | 日記 | Comments(0)

微花

雑誌から絵本に生まれ変わる その言葉がとても良くて・・
思いきってお声がけして届いた微花

お花を追いかけてたら一年が終わると 笑い合ったときを思い出す
名前を知ることで いつもの道が格段に色を増す喜び 知ることで言葉になってしまう寂しさ 両方抱えて生きてく


うちには 祖父からもらったランがある イチョウがある
曾祖母が育てていた庭桜もある 百合もある
その土からは かつて幼いころに目にしていた コケやシダや草々が生えてきて小さな庭のよう
植物はなんでも聞いていて そのDNAは脈々と受け継がれているらしい
寡黙でおとなしくて小さかった曾祖母のぐちも 聞いていたんだろうか 覚えているんだろうか
なんてことを思ったのは 梨木さんの「沼地のある森を抜けて」を読んだときだった

昨年の冬 実家から彼岸花を掘り起こして持って帰ってきた
眠っている球根 つまりはただの土に水をあげつづけて秋
突然 芽がすっくと出てきたかと思うと そのままにょきにょきまっすぐ伸び続けて
ほんとうに お彼岸の頃に花を咲かせたのだ
驚くべきはその後で
花が枯れた後に 葉っぱがわさわさ出てきて そのまま二度目の冬を越し 最近ようやく枯れ始めたところ
こんなに緑の期間が長いなんてね




“咲かなかったのは、誰にとってもひとしなみの境遇ではなく、ごまかしようのない私の無力だとさらにさとった”
”より見えた、と思ったときから、より見える、より見える、と見ていくうちに、いつからか、名ざせるものばかりを名ざして、他が見えなくなっていたのか。”
微花 1/春

”人生とは、解決すべき問題ではなく、味わうべき神秘なのだ。とは、キルケゴールの言葉だった。”
”ひと駅の寸暇に読める言葉に、世界は一変する。”
微花 1./秋





by geroken | 2019-04-26 18:56 | 日記 | Comments(0)

「にきた津」

 1月にオチさんが「にきた津」についての本を貸してくださった。12月にお会いしたときにした「にきた津」のことが気になっているという話を覚えていてくださったんだなと、嬉しい。
 松本常太郎さんが書かれた「郷土叢書 にきた津」。発行は昭和29年!ふ と疑問を口にしたら、こんなピンポイントな本を差し出してもらえる。更に、資料をもうひとつ。この本を参考にして書かれた「三津界隈はええとこぞなもし」の中から、「にきた津」について言及されているところのみ抜き出してくれていた。昔の本が現存していて読めるということもありがたいけど、後世の人がこうやってわかりやすくまとめてくれたものも、ありがたい。
 どちらも自分の手に渡ってくれたことに感謝しつつ、久枝神社や宮前小、、いわゆる"川向う"歩いてみないとなぁと思う。三津に引っ越してきて数年経ったけど、意外と歩き回る範囲は狭い。

 同時に、かつて三津浜に住んでいた作家、伴野朗さんが書かれたエッセイのコピーも頂く。松山の人で、こんなこと言ってくれる人いるんだ、、って、外部から来た私が常々思っていたことが書かれていて、、。本当に、伴野さんの言うところのこの"魔力"に、何度も何度も倒れそうになるんだ。それは、何処に行ってもそう思うのかもしれないし、此処にいるから思うのかもしれない、、わからないけれど。
 早速(早速、じゃないか、、桜が咲いとるっ・・)、伴野さんの著作の中から「上海遥かなり」を読んでみました。

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by geroken | 2019-04-12 19:20 | 日記 | Comments(0)

森田真生さん

森田真生さんについての続き。

もう一度 数学解けるようになりたいな、またあの海に浸かりたいな、、と思い立ち、実家から数学の教科書やら問題集やらノートやらを持ってきて、一年が過ぎ去りそうだった、去年の秋、、。
だめだ、今年も解かないまま終わりそう・・とりあえず、本を読もうっと読んだのが森田さんの「数学する身体」。
読んでいる間中ずっと、あの数学を解いていたときのわくわくが蘇ってきた。

「そうして、当初は「使う」ためのものだった”数”が「味わう」べきものになる。」
「道具としての数字が次第に自分の一部になっていく、すなわち「身体化」されていく」

そうなんだ、あのときの私は「味わって」いたし、「身体に取り込んで」いたのだ。自分の頭で考えられるようになってからの数学は、真の「思考」だった。ほんとうに楽しかった。数学って、読解力と文章力と創造力なんだって、全身で学んでいたあの頃。たった数行の文章から、こちらが求めさえすれば、ぐいぐいとどこまでも絶え間なく広がっていく思考の海。私は、そこから出たくなくて、ずっと潜っていたくて。手を伸ばす先には、私が到達できようと到達できまいと、揺るぎなく存在している、真理。

そこから、岡潔さんを改めて読みたいと思って(岡さんと小林秀雄さんの共著「人間の建設」しか読んだことなかった)、浮雲書店にて「春の雲」を購入(これはあんまり出回らないんだと言われ、半信半疑ながらも)。

そうこうしていると、昨年の暮れ、襟巻編集室さんからも「森田真生」さんという言葉を聴く。続くなぁ、、。ミシマ社さんからの新刊も早速入荷。気になる人です。


「同時代の100万人に読まれても忘れられてしまう本より、50年後にこの本を手に取った1人の人生が変わる。そういう本にしたい」(愛媛新聞 2019.4.7)






by geroken | 2019-03-29 18:10 | 日記 | Comments(0)

遅れる

言葉は いつも 追いつかない
私も いつも 追いつかない

「大丈夫。そういうものだから。」

と、いうことが書かれているような気がした、ふっと開いた森田真生さんの本に。

by geroken | 2019-03-29 17:53 | 日記 | Comments(0)

「楽しい人生のイメージといったら、毎日笑顔で自然と踊り出してしまうような、そんなものじゃないと思う。むしろ、しかめっ面に近いとでも言おうか。」(p.29)
イ・ランさんの一文。こういうこと言ってくれるのって嬉しいなぁって、書き出してみる。


by geroken | 2019-02-13 18:08 | 日記 | Comments(0)

「吹上奇譚」

久しぶりのよしもとばななさん。切り取って渡されたとしても、ばななさんの文章ってわかると思う。昨今の作品にはいろいろと思うところあったけれど、10代の初め、新しい読書の風景を見せてくれた作家さんなので、なんだかんだ離れられずにいくんだろうな。山田さんとかね、江國さんとかね。書き留めたい言葉がいろいろあったのに、書き留めぬまま。それぞれが、それぞれの「花束」を、毎日増やしていったらいいのだと思う。
数にとらわれたくはないけれど、やはりたくさん売れているというのはすごいことだ。あの人もこの人も同じ本を読んでいるなんて、すごいことだ。しかも、読んだ年齢も、読んだシチュエーションも、読んだ感想も様々だなんて、すごいことだ。そんな当たり前のことに、めまいを覚える。

by geroken | 2019-01-31 17:31 | 日記 | Comments(0)

御伽草子

Twitterのタイムラインで、センターに出題された古典が話題になっているらしいと目にして、気になって、新聞から拾って読んでしまった。しょっぱなから「あさましけれ」の口語訳を間違っていて、受けなくてもいいダメージを受ける。それにしても、古典はいいな。古語は美しい。久しぶりに古典を読み解くのが楽しかった。あんなにもう二度と解くことはないと思っていた、センター試験。好奇心が勝ると、案外あっさりと向き合えるものだなぁ。
けれども、確かに美しい物語だけど、これがなぜ?話題に?と思ってよくよく調べてみたら、、そういうことですか、、。
出典は「御伽草子」の「玉水物語」。時代は室町。


by geroken | 2019-01-26 17:46 | 日記 | Comments(0)

うしろめたさの人類学

人類学って、自分の苦手なことばかり詰まってる。文化人類学的思考をはじめると、物事を素直に受け取れなくなるし、自分の嫌な面とも向き合わないといけなくなるし、すごくすごく疲れる、だから、離れたんだ。なのに、どうしようもなく惹かれてしまって、結局、今日もページをめくってしまう。「残念だったな。それが文化人類学なんだよ。」って嬉しそうに笑う先生の顔が浮かぶ。

「市場や国家を否定する必要はない。過度な批判はむしろ市場や国家を、自分たちの手の届かない「怪物」に仕立て上げてしまう。自分たちがその手綱を握っていることを意識しながら、一人、ひとりの越境行為によって、そこにあらたな意味を付与し、別の可能性を開いていく。それが重要だと思う。」「うしろめたさの人類学」松村圭一郎(p.188)

by geroken | 2019-01-21 22:00 | 日記 | Comments(0)

読書体験

梨木香歩さんの話をする。もう敬愛を通り越して、畏怖の念すら感じる存在なのだと言いながら、そんな、読書体験ってほかにあったかな、と過去を振り返る。
ぱっと出てきたのは、佐々木中さんの「切り取れ、あの祈る手を」。ああ、なんにも不安になることなんかなかったんだって。読んでも読んでもわからないのに、底知れぬ安心感に満たされながら、佐々木さんの文章に心臓がばくばくして押しつぶされそうだった。
それから、いがらしみきおさんの「I」。なにがすごいって、「ぼのぼの」と同じメッセージを放っているのに、どうしてここまで違う表現ができるの?!一体、どんな頭の中になっているんだろうって、、脱帽。
梨木香歩さんは、やっぱり「ぐるりのこと」。あんなに、すがりつくように文字を追いかけたのは、初めてだったな。あのときの、どうしようもなく心細くて泣きそうだった時間、、ずっと忘れないだろうと思う。一瞬は、永遠。読書とはすがりつくものだということが、あの時自分の中で確固たるものになったんだと思う。

by geroken | 2019-01-17 17:33 | 日記 | Comments(0)