読書

いろんな人が本を貸してくれる。矢部太郎さんや福丸やすこさん、三好銀さんの漫画を読む。それから、宇佐美まことさん。お取り扱いしたいけどなかなか厳しそう・・。久しぶりにミステリーにどっぷり浸かる。

内田洋子さんの「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋」を読む。内田さんのエッセイはノンフィクションなのにフィクションのような魔法がかかっているけど、これも然り。すべてが良い。何度も胸打たれる。本を売る者の気概が満ちている。「なぜ、山の住人が食材や日用品ではなく、本を売り歩くようになったのだろう。(p.7)」長い旅の果てに次の答えに辿り着く。「<世の中に自分が信じるものを届けたい>。村人にとって、それが本だった。この人たちは、きっと神様から選ばれた特使なのです。<さあ旅に出なさい。世界じゅうに文化を届けるのです>とね」(p.284)

管啓次郎さんが好きだ。と改めて思いながら「本は読めないものだから心配するな」を読む。「歩くこと」についてのくだり。「もしわれわれのだれもが日常生活の中で毎日少なくとも20キロから30キロの距離を歩くことを基本として社会のあらゆる成り立ちが見直されたなら、物質的にも精神的にも、現代のいかに多くの問題が解決されることだろう。」「無用の歩行、気まぐれな小さな旅を、少しずつ、しかし確実に、自分の暮らしの中にとりもどすことにしよう。」(p.20)いつも、「どうやって本を選んでいるのか」という問いに全くうまく答えられないのだけど(その質問自体が私には不可解で)、「あらゆる本はあらゆる本へと、あらゆるページはあらゆるページへと、瞬時のうちに連結されてはまた離れることをくりかえしている。」(p.8)そう、そうなのです、全部、繋がっているから、、ただただぜーーんぶ繋がっているから、、っていうだけなのです、、って、全然その人が望む答えになっていないんだろうなぁということはなんとなくわかるから、言い淀むのだけど、狼狽えて、無理やり言葉を継ぎ足して、たいして思ってもいないことを言ってしまうのはやめよう、潔く言い淀もう、と思っている、最近。幾度となく後悔を繰り返してようやく。そして「書店の『共和国』は、ドルを参照枠とするお金の『共和国』に、対抗する。反乱を宣告する。」(p.22)!「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋」に引き戻されながら以下の文。「独立。どうすればよいのか?世の中で起きていることを知らなければ。もっと情報を!そして本である。」(p.206)

「潮を打つように本を読みたいとぼくはいつも思ってきた。世界にむきあい世界に覚醒するための読書、遠くを見て遠い声を聴き遠くを知るための読書をしたい。」(p.100)私もそんな読書がしたい、してきた、つもりで、これからも。潮の香りのする此処で。

日々、メールや手紙を通して深い対話が続いている。忘れないように、忘れないように。ふと抱えきれなくて、とりこぼしてしまいそうになるけど、大事に覚えておきたいことがたくさんある。



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by geroken | 2018-07-19 17:36 | 日記 | Comments(0)